何のために生きるのか、そう問われた男の話

「お前、アイツと別れたら絶対許さないからな!」「そうよ、分かってるの?!」
青春ドラマで聞いたことがあるようなセリフをいきなり耳にした。

「まあ分かってるけど」

男と女と責められている男の3人組が人目をはばからず大きな声で話している。

僕はというと運の悪いことに、たまたまその隣にいた。

「---駆け込み乗車はお止めください。」

オレンジ色の電車のドアがアナウンスのあとに閉まった。

「もしね、彼女が浮気していたらあなたどうするの?」

女が尋ねる

「そりゃ別れるさ、向こうに非があるんだから」

「そんな事したら、お前の事ぶっ飛ばすからな!」もう1人の男が怒声に近い声で言う

「浮気されたのなら、それはあなたに問題があるということなの。あなたの包容力が・・」

実に女性らしい女性目線だけのとんでもない理屈を並べる

「お前は俺によく似ているんだよ、愛情に対して希薄なところが」

「・・・。」

責められている男は無言でただ黙って聞いていた

「お前は惰性で生きているんだ、もう少し自分を見つめ直した方が良い」

そう告げたあたりで電車の扉が開き、2人に挨拶も無しに女は降車した。

僕も同じ駅だったのでその話を又聞きに電車を降りた。

 

 

 

何があったのかは知らない。ただ責められている男に問題があると2人は言っていた。だが僕は男の気持ちが少し分かる気がした。その男の事は一切知らないし、事情も分からないけど。僕とその男は似ている気がした。ただ違うのは男には怒ってくれる友人がいて、僕には居ないという事だけだ。だから男が言っていた「お前は惰性で生きているんだ」というのがひどく引っ掛かった。そうか、僕は惰性で生きているのかもしれないと思った。目標を掲げて努力を積み上げていた時は情熱と希望を胸に秘めて毎日を忙しなく過ごしていたが、ここ最近というもののただ何となく生きているに過ぎなかった。まさに「惰性」で生きている、その言葉の通りであった。

 

僕に言われたわけでは無いが僕に対して言われた気がして、どうしてもその男のセリフが頭にこびり付いて離れなかった。「お前は惰性で生きているんだ、もう少し自分を見つめ直した方が良い」言われてハッとした。ただこれといって大きな目標も無く、生活するためだけに仕事をして、それなりの給料の中からそれなりに貯金して、楽しい何かがあるわけでも無く、ストレスになってしまう程の嫌な事もあるわけでも無く、何も無い日々を何も無い僕自身が目標も無くただ生きているだけであった。それでも、このままではいけない事ぐらいは理解はしている。ただ何をどうすれば今の状況が好転するのかが分からないだけなのだ。

 

今年は新しい事に挑戦していこうと年初に決めた。何をすれば良いのか分からないけれど、とりあえずは何かをしなければならないと思ったからだ。だから新しい事をすれば何かが変わるかもしれない、そんな特段大きな理由も無く何となくで決めた。そんなわけで今まで避けて通ってきた、新しい環境に身を置く事に決めた。職場には何人かの有志が集まり、サークルみたいな活動をしている団体がいくつかある。その中の一つに混ざる事に決め、最近その交流会とやらに何度か参加している。そして何度か接している内に人となりが分かり、仲良くなっていったのだが、今まで自分の中の引き出しには無かったような性格の人たちを接する事となる。端的に言うと「わがまま」というだけであるのだが、僕にとってそれは驚愕な事ではあった。大人なのに「わがまま」を言うのがにわかに信じ難いというか、あまり意味を成さないというか。大人になるという事はある程度の事は「我慢」するのが普通だと思っていたから、そんな「わがまま放題」でまかり通るわけは無い。ただそのサークルのメンバーは自分の中のやりたい事、思っている事、主義・主張が見事にハッキリしていて、良く言えば個性的とは言える。自分のしたい事が無いという事実は思っている以上に辛いもので、恐らくこれを一般的な言い方に変えるなら「無気力症候群」というのかもしれない。何かをやるにもやる気は出なくて、面倒だと思ってしまう。ただモチベーションが低くとも、それなりの成果は挙げられる。要するに正しい方法を知っていれば上手くいくというだけだ。だがノルマ以上のことはやろうとはしない。仕事ならそれで成立しているので然程問題は無いが、生きていくにあたって、もっと簡単に言うと、プライベート自体に興味が持てないというのは実は致命的では無いか。頭では理解していても、気持ちはそれに追い付いていない。抱えている問題は思ったより根が深いと書きながら今思った。だからこそ、外部の刺激というのは意味があるだろうと踏んでいる。そのサークルにいるメンバーの「わがまま放題」な人たちと同じ時間を共有することで僕にも少なからず何らかの影響を貰えて、自分の中に「自主的な行動」が芽生えていくのでは無いかと・・・。きっと僕は、自分自身の中にある、今まで見て見ぬ振りをしてきた憧れに期待しているんだろう。